サイコロ

まったく、自分の飽きっぽさに嫌気がさす。

毎週、水、木の休みのたびにやりたいこと、したいことが変わるんだから。

 

先週はFF9のアプリゲームだった。

2400円!!

でも、このゲームは好きだったし、片道1時間半の通勤時間の暇つぶしになるだろう。

何より、先週の休みは暇で暇で時間をつぶしたかったし、この懐かしいゲームをしたかった。

でも今週に入ってから一度も起動していない。

 

そして今、私の目の前にあるのは数冊の文庫本と櫻井敦司の写真集。

 

 一週間の間にこんなにもやりたいこと、好きなものが変わるなんて!

 

自分という人間は、多角形(少なくとも7〜10角形以上)のサイコロで出来てるみたい。

一週間に一回、この多角形のサイコロが振られて出た目に合わせて趣向が変わる。

 

コロコロ

コロコロ

 

同じ目の時もあれば、まったく裏っ側の目もある。

昨日までものすごく好きで、さしてそのジャンルに興味がない同僚に熱く語るほどだったのに、翌日には全く思い出すこともなかったり。

別に嫌いになったわけではない。

私の好きなもの一覧にそれはずっと載っているし、会話の中で話題に上がれば薀蓄を語ることもできる。

ただサイコロの目がそれじゃなかっただけ。

その時は私の心は、頭はべつの目のことでいっぱいなのだ。

 

そういうわけで私のiCloudは未完のゲームアプリでいっぱいだし、アイホンの容量の90%はほぼ聴いていないミュージックで占められている。

本棚は途中まで読んだ文庫本、雑誌類、クローゼットは一回着たか、一度も着ていない服が溢れてる。

 

でもさっきも言ったように、これらのことを嫌いなわけじゃあない。

これらはずっと私の好きなもの達で、ただ今は違う目が出ているだけ。

これらは私のサイコロが、また自分達の目を出すのをずっと待ってくれているのだ。

私の背後で静かに静かに蠢きながら、私と部屋中に小さな、けれどもそっと重いプレッシャーを吐き出しながらその目が出る日を待ってくれているのだ。

 

振り向けば私の好きなもの達が囁いてくる。

早く目の前のそれらのものと、私達を交代してって。